配信に入っても、結局いつもの歴史ものばかりだった
夜、なんとなくアニメを見はじめる。
これといって観たいものがあるわけでもなく。
時間はないんですけど。
習慣的に寝る前に見てしまう。
……いざ選ぶとなると、
これがなかなか決まらないんですよね。
作品は、数えきれないほど並んでいます。
それなのに、あちこちさまよって、
結局いつものやつに戻ってしまう。
スクロールして、スクロールして、
「まあ、これでいいか」と。
戻る先は、決まって歴史もの。
白老と呼ばれた老将・蒙驁が出てくる、
あの一本です。もう5回も6回も観ています。
展開も、台詞も、ぜんぶ知っている。
知っているから、安心して観られる。
そして安心して、うとうとしてしまう。
……我ながら、ぜいたくな時間の使い方だな、と思います。
新しいものに手を伸ばす元気が、いつのまにか、
しぼんでいたのかもしれません。
それに、正直に言うと。心のどこかで、
こう思っていた気がするんです。
アニメって、若い子が観るものでしょう、と。
鮮やかな色。
速い展開。
まっすぐな主人公。
あれは、これから何かになっていく
人たちのお話で。
もう若くない自分が、
いまさら入っていく場所じゃない。
そんなふうに、知らないうちに
線を引いていました。
その線が、あっさり消えることになるなんて。
このときは、まだ思ってもいませんでした。
でも、中年や老人が静かに活躍する物語に出会った

そんな、ある晩のことです。
いつものくせで一覧をなぞっていた指が、
見慣れない一本の前で、ふと止まりました。
『オッドタクシー』という作品でした。
深い理由はありません。
ただその日は、ほんの少しだけ、
いつもと違うものが
観たかったのかもしれません。
なんとなく、再生ボタンを押してみたんです。
登場人物はみな動物の姿をしているのに、
描かれるのは、四十を過ぎた男たちの、
実に生々しい後悔と再起だったりします。
主役は、若者ではありませんでした。
四十を過ぎた、他人にあまり心を開かない
偏屈で無口な変わり者なタクシー運転手。
声を張り上げるでもなく、
派手に暴れるでもなく。
ただ毎晩ハンドルを握って、
世の中を少し斜めから眺めている。
その背中には、これまで生きてきた
時間の分だけの、静かな重みがありました。
気づけば、その佇まいから、目が離せなくなっていたんです。
「ああ、こういう人が主役でも、いいのか。」
うまく言えないのですが、胸の奥を、
そっと小突かれたような感じでした。
若い子のもの、と勝手に引いていた
あの線が消えていく。
観終えたあとも、しばらく、
ぼんやりしていました。
すぐに次を再生する気にはなれなくて。
いつもなら受け流していたはずの余韻が、
その夜は、なぜか長く残ったんです。
なぜアニメは「多すぎて選べない」のか

とはいえ、です。
いざ「新しいものを観てみよう」と思っても、今度は別の壁にぶつかりました。
とにかく、数が多い。
配信の一覧をいくらスクロールしても、
次から次へと作品が出てきて、
どれを選べばいいのか、
見当もつかないんです。
選べないのは、たぶん、
私たちが飽きっぽいからではありません。
ただ、多すぎる。
そこで、私がいまも使っている、
ささやかな“絞り方”を三つだけ、
お話しさせてください。
コツ1|好きな作品の作家・スタッフを辿る
正直に言うと、
私は作者を追いかけたわけではないんです。
これも、ある晩のことでした。
おすすめ欄に、ひょいと1本が上がってきて。
『黄泉のツガイ』という作品です。
タイトルよりも先に、そのサムネイルのほうに、目が吸い寄せられました。
前に好きで見ていた、あの作品と、
どこか似ている。そんな気がしたんです。
知識より先に、目が「知ってる」と感じた。
うまく説明できないのですが、
そういう感覚でした。
「好きだった作品と、なんだか絵が似ている」。たった、それだけの、ささやかな気づきです。
あなたにも、覚えがありませんか。
「面白いらしいから」でも「話題だから」でもなく、ただ、身体のほうが先に反応している。
好きなものを、ちゃんと覚えているだけなんですよね。
そうして観はじめたら、
これがもう、止まらなくて。
まず大きな謎を、ぽんと先に置かれる。
両親の失踪。
偽物の妹。
そうやってこちらを気にさせておきながら、
目の前の小さな心の揺れや、
ひとつのバトルで、ぐいぐい牽引していく。
気づけば、外が白みはじめていました。
目が痛い。
……いい歳をして、と自分でも苦笑いです。
まあ、こういう夜が、たまにはあってもいい。
コツ2|自分と同じ世代が主役の作品から入る
2つ目は、もっと単純です。
自分と近い世代が主役の作品から入ってみる。ただ、それだけ。
若い主人公がまぶしく走っている姿は、
素敵ではあっても、
どこか他人事に見えてしまうことがあります。
少なくとも、私はそうでした。
でも、自分と同じくらいの年頃の人が、
迷ったり、くたびれたりしながら、
それでも1日を生きている。
そういう背中には、なぜか惹かれる。
私にとっての、その1本が、
さきほどの『オッドタクシー』でした。
四十を過ぎた主人公の、疲れた横顔や、
ふとした優しさに、気づけば自分を
重ねていたんだと思います。
不思議なもので、“自分に近い”というだけで、同じ物語が、ぐっと近くに感じられる。
入り口は、それで十分なんです。
コツ3|物語の「構造」を味わう視点で観る
一度そういう目を持ってしまうと、もう戻れません。
『黄泉のツガイ』で「良いなあ」と唸った
あの夜から妙な癖がつきました。
物語を、追うだけでなく、
“どう作られているか”を考えてしまう。
大きな謎を、先に置く。
その裏で、小さな心の揺れを
一つずつ積んでいく。
そして、ここぞの場面で、
伏線が回収されていく。
種明かしをされているようで、
でも、いやな気持ちはしません。
むしろ逆。
「ああ、こうやって人の心は動くのか」。
そう気づいた瞬間、ただの1話が、
教材のように見えてくる。
これは、アニメに限った話ではないと
思うのです。
筋書きを追うのは、受け取るだけの時間。
組み立てを眺めるのは、こちらから
手を伸ばす時間。
同じ1話でも、後者のほうが、なぜか心に残る。
私も、ほとんどは、
続きが気になって夢中になっているだけ。
ただ、残りの部分で
「今の“引き”、見事だな」と唸っている。
思えば、少し前までの夜は違いました。
同じ数本を流し観して、気づけば寝落ち。
それが、いつからか。
気づけば、手元に一行、
メモを取るようになっていた。
何かの役に立ったわけではありません。
売り物になる話でもない。
ただ、退屈だったはずの時間が、
少しだけ“考える時間”になった。
作品数が多く「探せる」場所があると、動きやすい

ここまで、3つの絞り方をお話ししてきました。
作り手を辿る。
同じ世代から入る。
組み立てを覗いてみる。
どれも、たくさんの中から“自分の1本”を
見つけるための、ささやかな工夫です。
そう考えると、
そもそも観られる作品の数が
多い場所のほうが、
こういう探し方はしやすいのかもしれません。
母数が大きいほど、
思いがけない一本に出会える確率も、
少しだけ上がりますから。
いまは配信サービスもいくつもあって、
扱う作品も、料金のかたちも、それぞれです(このあたりは時期によって変わっていくので、詳しくはご自身で確かめてみてください)
大事なのは、
どのサービスかということよりも、
“自分の一本を探してみようかな”と
思えるかどうか。
空いた時間を、自分を励ます時間に

最初に、時間を持て余した夜の話をしました。
同じ数本を流し観して、
うとうとして、気づけば一日が終わっている。
あのころの自分に、いま少しだけ、
伝えたいことがあります。
アニメは、
若い子だけのものではありませんでした。
四十を過ぎた運転手が主役の物語もあれば、
こちらの心を、静かに揺さぶってくる一本もある。
多すぎて選べないのなら、
まずは“自分と同じ世代が活躍する1本”から。それで、十分すぎる入り口です。
不思議なもので、
そうやって物語の入り口に立ってみると、
ただ過ぎていくだけの時間ではなく、
自分を、そっと励ましてくれる時間に変わります。
あなたの今夜の1本が、
いいものになりますように。
ええ、私も今夜、また一本、
探してみようと思います。

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